2013/02/11

2012年秋の秦川の活動報告

秦川邸の活動報告

今年のテーマは、「通学路と寄り道」です。
その人が育った環境や背景、それを通学路を一緒に歩き、話をしながら探っていこうというものです。
実は、6月から京都で育った池上眞平さんの通学路を歩いたことに端を発しています。


今回は、10月6~7日に、アーティストの岡田毅志さん、伊達伸明さん、池上眞平さん、田野智子の4人が、それぞれの通学路の風景を持ち寄り、話すことから始めました。

そして翌日は、私の通学路と遊び場だった路地歩き。

ちょっと気恥ずかしい感じがします。




AAFの検証委員の石幡愛さんや、加藤種男さんもみえました。

そして、隠岐の西ノ島からは、焼火神社の宮司松浦道仁さんも来られました。


11月3日は、秦川没後100年祭です。
それに合わせて、2012年8月に、大分県日田市の咸宜園を訪問してきました。今から約150年前に日田で学び、岡山に帰京して、この地で教べんをとっていた秦川は、その後東京で「大日本租税史」の編纂に携わります。
晩年は、その総社で暮らしていましたが、詳しい資料はあまり残されていません。

今回の100年祭に出席される、咸宜園の館長と学芸主任、そして広島大学の先生も訪ねてこられました。

咸宜園で学び、各地に塾を開いた人は多くいたとされます。その足跡と、現在の地域の教育力などを関係づけて調査していきたいと、興味は尽きません。

岡山県は、教育県と言われてきました。
現在、教育や子どもを巡る問題は山積です。しかし、近世の岡山の教育や文化度は決して低くはありませんでした。
秦川の繋がりや、現在の通学路から、アートの視座から教育問題にアプローチしたいと考えます。