2012/08/19

島の盆踊り

今年も、笠岡諸島のお盆の行事に参加しました。
まず、今年の夏に、笠岡諸島を結ぶ三洋汽船に新造船ができていました。運よく乗ることができました。

朝のうちは、海は凪いでいました。


真鍋島に上陸。

桟橋で出迎えてくれるのは、ヒロシさん。「おう!来たんか!!」と、大きな声も久しぶり!体調恢復して良かったね~

まずは、禮三さんのお墓参りをしてきました。
禮三さんの眠る円福寺の丘。

色とりどりのお花に囲まれた、禮三さんのお墓に手を合わせていると、何かが動いた!
お墓の後ろに立てている、塔婆に掛けてあった、禮三さんのご愛用だった帽子が風に揺れていたのでした。まるで、「よっ!」と、片手をあげて挨拶するように!


その後、定義さん、守司さんを訪ねました。
守司さんの家は、来るたびに「写真館」になってきています。

お互いに写真を撮り合いました。


夕方、白石島に移動しました。これも、またまた新造船。

中もハイテクです。

白石島の公民館長天野さんの家の人たちと、話していると、中西屋のタケルさんが登場!
「あっ!!!アートリンクのTシャツを着ている!!!!」「ものが良いと、長持ちするんよ~!」ありがとうございます。



夕方まで、エイミーさんのモーBarで、一休み!!!

すると、あれあれ???白石島のマンジさんが!!!

今日は、送り火を流す日じゃから、「浦島太郎」できめるとのこと。

剥製のカメをひっぱって、浜を歩いていました。

腰蓑もつけて、本当に海から帰ってきた人みたいです。かっこいいなぁ~!

夕陽がとっぷり暮れたころ、浜に太鼓の音が響きます。

囃子は、鉄夫さん。去年と同じ、よく通る声です。

島の人、帰省している家族、踊りを見に来た人、取材陣、島づくりNPOの人、外国人、、、もう、入り乱れています。
子どもたちも、昨年よりも一回り大きくなって、大人の踊り(男踊り、扇子踊り)をしています。

空には満天の星がでて、地上の人を応援しているようでした。
禮三さんのことを思い出すと、ちょっと星が滲みます。
でも、生きている。生かされている、私たちは、ちょっとでも昨年よりは進化しているかな!?

往く人や、来る人との出会いは、本当にいろんなことを教えてくれます。
そんな、島のお盆でした。
島の皆さん、ありがとうございました。

2012/08/18

大分に行ってきました

2012年、AAF(アサヒ・アート・フェスティバル)ネットワークの企画交流で、大分県国東半島で地域の活性化を推進している今富さんを訪ねてきました。


地域の商店街は、いずこも少子高齢化が深刻で、限界集落とまで言われています。


そこで、酒屋さん跡を再利用し、地域の人たちが「見えるを会議する」場所をつくっていました。


古い梁を再利用して、カウンターをつくっているのだと。


その代表の今冨正幸さんの案内で、国東半島を廻ることに。六郷満山というだけあって、国東半島には、神仏がいっぱい。
今冨さんの説明には、郷土への愛がこめられていて、とても分かりやすかったのです。


宇佐神宮に到着。


ハスの花が、綺麗に咲いていました。

なんとも荘厳な神社です!!
 次は、あの岩のところに行きますよ~。ええっ???


山に分け入っていきます。
 苔むした階段を上っていくと、洞窟が。電気を付けて、

洞窟の中の観音像をお参り。お参りの後は、電気を消します。
 今度は、あの崖の祠に行きます~
 クモの巣を払いながら、軽快に進む今冨さん。待って~


汗だくになりながら、崖の上の祠にある、夕日観音、朝日観音をお参り。
その崖から、中世の荘園であった、棚田が見えました。美しいです。

熊野磨崖仏に辿りつきました。そこには、大日如来像が。





川中不動に着いた時には、もう夕方。4時間、歩きながら国東半島の醍醐味を感じました。今冨さん、本当にありがとうございました。


夜は、別府にて、今年10月6日から始まる、「混浴温泉世界」準備中の山出淳也さん、スタッフの松田雅代さんと合流。話は尽きません。

別府タワー!

翌日は、日田市の咸宜園へ。

咸宜園を開いた、広瀬淡窓。

岡山県総社市の池上秦川邸を使わせていただいていますが、その秦川が若き頃、ここ咸宜園で学んでいたのです。

全国から、広瀬淡窓のもとに学び、再び郷里に帰って行った若者たちは、江戸から明治にという時代の変革期に、地域社会の先哲として未来をつくってきました。

咸宜園教育センターの吉田さんが、日田の子どもたちに、その業績についてや、それをどう受け止め繋いでいくかを研究しておられる一端を説明してくださいました。

広瀬淡窓は、ここから門徒らが畑をつくるのを見ていたのだそう。書庫が1階にあり、2階からは、日田の盆地をとりまく山々が見えていました。



儒学者として生きた、淡窓の墓地にも案内していただきました。


日田は天領だったところ。街並みも丁寧に保存されていました。
また、季節を変えてきたいと思いました。

旅の〆として、博多で、工房まるの樋口龍二さんと再会。
2006年9月にアジア美術館の入っている、リバレイン地下2階にあった、ギャラリーアートリエで、アートリンク展を行ったときに、お世話になったのです。街並みを歩いていると、櫛田神社に。博多祇園山笠が。

あれこれ、話し、食べました。やっぱり、屋台!障害のある人により添い、仕事をつくってきた樋口さん、これからはグループホームも作りたいと。まだまだ夢があります。

先哲と偉業、地域の活性を願う人々、未来を拓く私たち。芸術文化の答えや効果は、すぐには出てきませんが、人の思いや熱意は、次の世代の文化をつくっていくのだと、九州の旅で感じました。

詳しい報告は、改めてAAFの報告にて。