2011/05/11

「好日宗ノ」お椀で頂いた、秦川での2日間


アートリンク・プロジェクト2009に参加して、度々総社に来ていた、岡田毅志さん。昨年「隠岐の焼火神社の分社が秦川の裏にある」ことを発見し、一緒に見に行きました。なんと、そこは池上秦川が仕えていた、浅尾陣屋の敷地の中。焼火神社は海の神様です。その、陣屋と秦川邸の間には、中国鉄道の切りとおしがあります。明治から昭和の初めには、高梁川の湛井の堰に船で運ばれた物資が、湛井駅から岡山を経由し大阪方面に運ばれていました。まさに、海の道と鉄道の交差点。



「好日宗ノ」は池上春男さん(現在の持ち主のお爺さん)の戒名。秦川邸には「好日庵」という部屋もあります。日々是好日という生き方から、現代社会が忘れたものを辿ってみたい。一方で、日々是好日は真鍋礼三さんの座右の銘でもあります。その偶然から遊んでみたいと考えているのです。




昨年、秦川と言う人物をたどる、池上家の人々のトークを行いました。その家の歴史、お祖母さんの寝物語の記憶などを手掛かりに、岡田毅志さんと伊達伸明さん、2人のアーティストが滞在制作を行います。

浅尾陣屋跡や、裏の切りとおしを見て回りました。



蔵の中から発見した、池上春男さん作の陶芸品で頂くことにした晩御飯。



高梁川の湛井の堰
北前船で運ばれた物資が、高瀬舟でここまで来ていたという場所。



近所の人がハエ釣りをしていました。



10月上旬の発表へ向けて、いよいよ始まりました。それまでに、家や井戸の修理や、お茶会、庭の剪定をしたり、池上さんの家族の思い出を発掘したり、地域の人との出会いや発見が待っていそうです~